雪男

先日、鬼子母神の近くにある店へ食事に行った。カウンターには男性が一人、美味しい肴と一緒に日本酒を楽しんでおられた。彼は店の人とも楽しく語らっていた。店の人が調理場へ行った隙をねらって、私は彼に尋ねた。
 「失礼ですが、今、呑んでおられる珍しいお酒の名前は?」
 「雪男です。悪い言い方をすると、水みたいな酒ですがね……。雪女のほうがよかったかも、名前は」
 彼はカウンターの上部に置いてある一升瓶を指さした。私はその瓶のラベルを見た。新潟県南魚沼市塩沢の青木酒造と書いてあった。さらに目に入って来たのは、『北越雪譜』を表した鈴木牧之の名前であった。あとで調べると、鈴木牧之は現蔵元の先祖に当たる人物であることがわかった。
 私は昨年5月に新潟在住の親友と塩沢へ旅行し、彼女から鈴木牧之の偉大さを教わった。そして、彼が、『北越雪譜』の中に、毛むくじゃらの異獣、すなわち、<雪男>を登場させていることを知った。
 旅はその場限りで終わってはつまらない。こうして、1年余を経て、東京の片隅で、新潟県が誇りとする鈴木牧之の<雪男>に出逢えて、旅先での感銘が甦ってきた。