夏目漱石の英語教師像

 『随筆 一隅の記』(野上弥生子著 新潮社 昭和43年)の中に、「夏目先生の思い出」という章がある。野上女史は懇意にしていた田辺元氏(哲学者)が一高時代に漱石から英語を教わったことを知り、漱石先生に対する印象を尋ねたくだりを次のように紹介している。
 [学力はすばらしいと思った。けれども、非常に冷淡で、生徒に対しても親身でなかった。つまり、ほんとうに身を入れて教えてくれるという熱意がなくて、ぼくはいやでした。嫌いな教師でした]
 野上女史は御主人である野上氏を通じて、<漱石山房>のことをよく知っていたし、直接、漱石に会ったことも5~6回有るそうだ。田辺氏の漱石先生に対する率直な感想を聞いて、彼女なりにそれを肯定的に受け止めている。
 語学は人に教わるのは20%程度に抑え、あとは自分で勉強するものだ。教師云々ではない。よく出来る学生はすぐに教師を追い越すことができる。
 私も大学で教えていた時、次なる経験が有る。1クラス40名の生徒がいた場合、ものすごく出来る学生もいれば、20点に近い学生もいた。そこで、平均値をとって、わかりやすい授業を心掛けた。ところが、一人の学生に言われた。「手を抜いている」、と。そんなつもりは全くなかったが、こちらの真意は曲解されるものだと、その時、つくづく思った。