雲水

 先日、目白で雲水を見た。「おや?」と思った。本当の禅僧なのか、はたまた、単なる個人の趣味でやっているのかはわからなかったが、身形は雲水そのものであった。
 彼は店の前に立って拝む。店の中からは誰も出て来ない。したがって1分も経たずしてすぐ次の店へと移動。3分くらい立っていれば、もしかして誰か出て来るかもしれないのにと、傍観視していた私は思った。
 だが、東京は京都と違う。町屋風ではないので、店の中の人に気づかれにくい。町家だと格子越しに中から外の気配がわかる。
 都会では無視されるのが一般だ。それがわかった上で托鉢をする。それもまた修行の一つ。
 「雲が定めなく行き、水が流れてやまないように、一所にとどまらない自由な人」(注:デジタル大辞泉より)を楽しめばよろしい。