「敬う」というタイ語

 今日は「敬老の日」。全国で65歳以上の女性が2千万人を超えたそうだ。老人意識はまだまだ持ちたくないので、「老」という漢字は無視して、「敬」という漢字について考えたい。
 「敬う」という漢字は、これまでにいやというほど書いて来た。何故ならば、私の名前だからだ。「草カンムリ+句」という成り立ち方は気に入っている。自然の中で、多種多様な表現が短くとも上手にできるようになればいいなあと日々、願っている。
 ところで、「敬う」をタイ語では何というか。それは、นับถือ(ナップトゥー)である。นับ(数える)+ ถือ(保持する)が合成されて成立しているが、以前からこの合成語がどうして「尊敬する」という意味になったのか不思議でならなかった。だが、นับも、ถือも、別の意味として、いずれも「見なす」という意味を有しているので、「見なす+見なす=崇める/尊敬する」となったのであろう。因みに、「信仰する」も同じくนับถือと言う。