秀吉・利休・右近

 3日前、佐世保の八百屋さんから野菜と果物の荷が届いた。段ボールには野菜が傷まないようにという配慮で、くしゃくしゃに丸めた新聞がたくさん入っていた。それは西日本新聞(5月27日)であった。数ページの中の或るページに眼がとまった。「博多 モノ語り(このシリーズは、風土が生んで、歴史が育てた博多のカタチ・地域の誇りを紹介するものです。物言わぬモノたちの声を聞いてください)」という文化欄だ。
 取り上げているのは、「南方録」(=わび茶を記す唯一の秘伝書)で、見出しには、「めくれば迫る利休の神髄」と書いてあった。豊臣秀吉と利休が九州箱崎茶会を開いたことを初めて知った。
 それはさておき、昨日は、『キリシタン史の新発見』(岸野久・村井早苗編 雄山閣 1995年)を読んだ。「高山右近の改易について」の中に、<利休と右近>という文章が有った。右近が利休の七哲(秀でた弟子)の一人であり、秀吉が右近の棄教を命じた際、仲介役として利休が動いたことが書かれてある。
 秀吉と利休と右近のつながり、そして、三者には茶の湯が介在していることが興味深かった。