一週間に一日は蟄居

 一週間に一日は絶食するという方がおられるが、私には出来ない。だが、蟄居するのは大丈夫。出来る。
 蟄居という言葉の由来は、「武士または公家に対して科せられた刑罰のひとつで、閉門の上、自宅の一室に謹慎させるもの」ということのようだが、現代の使い方は、単に「家の中にひきこもっていること」。
 昨日、蟄居して家にこもった。そして、自分自身と対峙し、過去(อดีต)を振り返り、現在(ปัจจุบัน)を分析し、そして、未来(อนาคต)を見据えた。
 何故か両親のことが思い出された。私が大学を卒業して社会人になった時、父は70歳、母は62歳。それまで東京に仕送りしてくれた。当時は銀行振込などなかったから、現金書留で送られて来た。その時の封筒は今でも保存している。
 私はその時の父と同じ年齢に達した。子供に教育をつけると、きょうだい皆、四国には帰らなかった。両親の心境たるや、いかばかり….。