或る中国人講師

 私がアジア・アフリカ語学院でタイ語を教え始めたのが1976年。もう少しで40年になる。その間、アジアやアフリカの言語を教える諸先生方にたくさんお会いしたが、なかでもとても印象に残っている先生の一人に、中国人女性講師がおられる。
 その中国人講師はいつも中国の服をお召しであった。堂々たる風格と威厳をお持ちで、近寄りがたかった。しかし、本当は生徒思いのお優しい先生であられたのである。
 他校では中華料理も教えておられたので、中華の腕は抜群。アジア・アフリカ語学院でタイ料理を作っている時、鶏の胸肉の皮をはがし、それを捨てると、彼女は私を叱った。「何故、捨てるのですか? 全部、使いなさい」
 校庭に山椒の木が有った。彼女は山椒の実を一人で採っていた。「誰も採らないのね。ああ、もったいない」、と言いながら。
 そして、1995年3月20日、彼女はサリン事件に遭遇した。彼女の眼はやられた。御気の毒で仕方がなかった。10年位前に他界された。