久々のフランス語

 受講生の仕事の都合でフランス語の授業が3週間、ストップしていたが、昨日から再スタートした。
 フランス語講師はプリントを用意して来られ、これまで教えた簡単な表現をフランス語で書くようにと指示した。
 ところが、これがなかなか書けない。何故、書けないのかと反省してみると、3週間の空白期間にフランス語がすっ飛んでしまい、感覚が戻って来ていないまま、授業に臨んだということが分かった。
 語学はやはり書いて書きまくらないと、スペリングが怪しくなって、講師をがっかりさせることになる。
 「先生、フランス語で<恥ずかしいです>というのは何と言いますか?」と言って、教えていただいた。
 フランス語はアルファベットだから何とかなると思ったが、何とかならない歯がゆさ。語学は何語であれ、指でスペル・アウトし、指で正しい綴りを覚える必要があると思う。

愛称の名付け親

 4月1日から開講した「タイ語入門 水曜日19:00」のクラスは、昨夜、第2回目の授業が実施された。
 受講生の一人であるA子さんが6時半頃から教室に現れたので、「30分ばかり、自習していてくださいね」と、私は言った。
 すると、彼女は「先生、私にタイのニックネームをつけてください!」と懇願してきた。「名付け親? 責任を感じますね」と、答える私。
 しかし、彼女の願いは本物であった。私も真面目に考えてあげることにした。
 数分後、「ฟ้า ファー 空」という単語が浮かんだ。そうだ、これに決めよう。
 理由は、私の愛称がドーク・ファー(天上の花→高嶺の花)なので、娘のようなA子さんに、私の愛称の半分を上げることにしたわけである。
 底抜けに明るいA子さん。自由を愛するA子さん。そういう彼女には青い空、広い天空が似合う。
 6月末にはタイへ行ってしまわれる彼女。タイの広々とした空のもと、活き活きと生きて行ってもらいたい!

上着 と 下着

 日本語を教える時、なるべく漢字を書いてあげる。漢字のイメージを早くつかんでほしいからである。
「港という漢字は、みなと、そして、横浜港、神戸港の場合は、こう、と読みますよ」と言うと、ボン先生の御主人はすぐに反応を示した。
 「ああ、みなとみらい駅ですね。港は、香港の港ですね」
 次に、下着の話になった。「アンダーウェアは下着(したぎ)です。上に着るのは、上着(うわぎ)です」
 そう説明しながら、ふと思った。何故、「うえぎ」と読まないのであろうか、と。日本語における漢字の読み方は実にさまざまであることか!
 「上」という漢字には、①机の上(うえ) ② 上がる(あがる) ③上り(のぼり) ④最上(さいじょう) ⑤上條(かみじょう)⑥上総(かずさ)⑦、上野介(こうずけのすけ)、等々
 「下」という漢字も同じく、読み方はいくらでもある。調べれば、歴史の窓を覗くようで、時間が経つのも忘れそうだ。

日本語を教えるのも、また愉しかりけり

 私は1974年に、国際交流基金主催の日本語教師養成講座に1年間通い、日本語教師の資格を取った。だが、タイ語教師の道を選んだので、この資格は一度も有効活用をしたことがない。
 ところが、泰日文化倶楽部のボン先生から、「主人に日本語を教えてくださいませんか?」という依頼が有ったので、3月から日本語を教え始めた。
 御主人はすでに1年半、自宅に家庭教師を招いて日本語を学んだ経緯があるので、私としては初心者扱いをせず、実用的な表現を教えるように心がけている。
 教えながら感じたことは、東京ですでに3年も生活しておられるから、日本語の音はたくさん耳に入っている。しかし、会社では英語で仕事をしているため、日本語を話す必要が無い。したがって、聞くのは少しわかっても、自ら話す自信は無いということだ。
 私はたくさんしゃべってもらうために、たくさん話しかける。まずはしゃべりたいという意欲を彼から引き出してあげることが肝心だと思っている。
 昨日の授業で傑作なことが有った。「その人は大田区に住んでいます」と私が言うと、彼は勘違いして聞いてしまった。「その人はオタク」、と。どうやらオタクという単語は彼の耳によく入っていたようだ。
 いずれにせよ、本当に分からない点に対しては、私がタイ語で説明してあげることができるので、家庭教師から習っていた時よりも、日本語に対するもやもや感が無くなって、ものすごくよく理解できるようになったようである。

カンボジア語講師の近況

 泰日文化倶楽部では、2年前の3月までカンボジア語講座を2年間ばかり開講していた。だが、カンボジア人のペック先生が博士号を取得され、カンボジアに本帰国されたので、カンボジア語講座は自然消滅した。
 ペック先生とは連絡を取っていなかったが、彼女の誕生日を知らせるフェースブックを通じて、昨年、彼女にお祝いを伝えたところ、カナダにおられることが分かった。御主人の留学について行かれたことを初めて知った。
 それから1年が経過して、またしてもFBから誕生日を知らせるお知らせがあった。FBを開くと、子どもの写真がいっぱい掲載されていた。いや、もう、びっくり。
 しかしながら、心を落ち着けてお祝いメッセージを送った。お誕生日祝いと出産祝いの両方を兼ねてである。
 とても小柄な体格のペック先生がもうママとは! とても可愛い赤ちゃんだ。カナダですくすくと育っている。
 ペック先生から返事が来た。「子育てで忙しいです!」

花びら

 桜の花びらがひらひらと舞って美しい。私の雨靴の上に乗った花びらはくっついたまま泰日文化倶楽部の教室へ……..。
 生徒さんから、「花びらって、タイ語で何と言うのですか?」と聞かれた。私はすかさず答えた。「กลีบ グリープです」
 『タイ日辞典』(冨田竹二郎編)によると、「กลีบ」には、次なる例が列挙されていた。
 ① กลีบตา まぶた ② กลีบพัดลม 扇風機の羽 ③ กลีบเมฆ 雲片 ④ กลีบหิน 雲母 ⑤ กลีบบัว 蓮の花弁状の盆
 これらの単語は日常生活において、そうそう使用する単語ではない。頻度数から言ったら、極めて低い。だが、こうした単語にも興味を持っていろいろな表現を習得すると、語学の勉強が面白くなる。時間が許すならば、寄り道も必要だ。

鍛金

 昨日、仕事で飛鳥山方面へ行った。飛鳥山公園の桜見物を楽しみにしていたが、あいにくの雨。桜の盛りはすでに過ぎ、花びらが地面にいっぱい。それはそれで風流であった。
 飛鳥山公園の中には、「北区飛鳥山博物館」というのがあるので、そこでお茶をすることにした。頼んだのは「桜ケーキとコーヒー」のセット。窓越しに桜を見ながら、目と口の両方で今年の桜を堪能することができた。
 博物館内に、人間国宝(重要無形文化財保持者)である奥山峰石氏の作品が展示されていた。「鍛金(たんきん)」という工芸作品であるが、それはそれは美しいものであった。作品が出来上がるまでの一連の過程がビデオ上映されていたので、30分間、じっと見入った。
 その中で、耳に残った言葉が有る。「職人は集中しなければなりません」
 奥山氏の大作は1年半をかけて生み出されている。春夏秋冬、倦まずたゆまず、木槌や金槌をふるいながら作品に向き合う。仕上がった作品の輝き! そして、何よりも上品である。
 語学も集中だ。新学期を迎え、果たしてどのくらい集中力が続くか? 
 

水曜日13時からのクラス

 昨日から、「タイ語入門 水曜日13:00」のクラスを開講したかったが、正式の申込者がいなかったため、開講を見送った。だが、一名の男性が教室の詳細を知りたいということで、午後1時前に泰日文化倶楽部までわざわざいらしてくださった。
 聞くところによると、彼は勤務先が高田馬場に近いこと、水曜日の午後だけがタイ語の勉強に充てられること、6月にはタイへ行って、古式ボクシングを学びに行きたい、ということであった。
 「古式ボクシング? それは何ですか?」
 「ムアイ・ボーラーンです。タイ式ボクシングの古来から伝わる型を学ぶんです」
 「どこで学べるんですか?」
 「国立競技場です」
 「ああ、サナーム・ギーラー・ヘング・チャートですか」
 すると、彼は、「そうそう、その発音です。それが言えなくて、タクシーに乗っても、運ちゃんに伝わらないんですよ」
 彼の目が輝き始めた。「どうしてもタイ語を勉強したいなあ」
 私は言った。「もう少し待ってください。なんとかして、水曜日13:00クラスを開くようにしますから」

縁起かつぎの食事

 昨日から、「タイ語入門 火曜日19:00」と、「タイ語入門 火曜日20:30」のクラスを新規に開講した。
 生徒の一人は言った。「6月末頃からタイへ行きます! もう日本には帰ってきません!」
 それを聞いて、時代は変わったなあと思った。若い女性もタイを目指す。タイで人生の勝負を賭ける。
 新規の授業に備えて、ここ数日、私は豚カツ、カレー、そして、鰻を食べた。豚カツは、すべてのものごとがトントン拍子に進み、勝ちを呼び込む意味合いのため。カレーは華麗なる生き方を目指すため。そして、鰻はうなぎ登りに上昇していくこと。
 これらすべては縁起担ぎである。新しい生徒達との出会いは殊の外、嬉しくてたまらない。

タモリにタイ語を教えたかったです

 今日から新年度。さあ、気分一新だ!
 ところで、昨日で「笑っていいとも」が終了した。32年間に及ぶ長寿バラエティ生ま番組としてギネスブックから表彰されていた。
 私は上京してからテレビを見なかった。持たない主義で行こうと頑張っていたが、ついに買ったのが35歳の時だ。そして、自分の部屋で初めて見た番組が「笑っていいとも」と「ウィンブルドンのテニス中継」であった。
 最初の頃の「笑っていいとも」はとても新鮮に感じられた。やはりタモリの芸がなせるわざであったと思う。
 或る時、タモリが中国語をしゃべった。ものすごくうまい!だが、あまりにもうますぎて、それが<インチキ外国語芸>であることが分かった時は、なるほどなあと思って笑ったのをよく覚えている。
 そして、考えた。タモリにタイ語を教えたい、と。彼ならきっと、すぐにタイ人っぽく喋り始めるにちがいない。彼の<インチキ外国語芸>こそは、外国語を学ぶ上で必須のセンスなのだ。